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ココリコ
Cocorico

挿絵と表紙

『ココリコ」誌のポスター』(1899年)
スタンラン(Theophile Alexandre Steinlen
1859-1923)

サッカー・フランス代表チーム マーク
ココリコ

自由に動くモデルを連続撮影した写真
ヴァル・ド・グラースのアトリエ 1899年頃

 ミュシャは早くから写真に注目し作品のデッサンに活用しています。
 ミュシャは驚くほど優れたデッサン力を持っていますが、ポーズでメッセージをあらわし、衣装の襞
(ひだ)に特別な役割を与えるため、モデルを長時間同じ姿勢をとり続ける苦痛から解放しようと写真をとり入れました。またモデルを自由に踊らせて撮影するなどポーズや構図の研究にも写真を積極的に使っています。
 写真の可能性に気づいていたミュシャは新たな表現や撮影方法も開拓するなどさまざまな興味深い写真を残しています。世界最高のミュシャ・コレクション、土居君雄コレクションを築いた「カメラのドイ」創業者土居君雄さんがミュシャに注目するきっかけも、ミュシャと写真とのかかわりでした。
 「写真家ミュシャ」は、東京
(ドイフォトギャラリー1983年、ドイフォトプラザ渋谷 1986年)、堺(アルフォンスミュシャギャラリー堺 1997年、アルフォンス・ミュシャ館 2000年)、プラハ(プラハ国立美術館 2000年)で開催した「ミュシャ写真展」によって広く世界に知られ注目されるようになりました。

コクリコ
 タイトルの女性はコクリコ(coquelicot ヒナゲシ)を頭に飾っています。コクリコも、オンドリとともにフランスの象徴とされ、ミュシャは「コクリコ」をさまざまな作品に登場させています。
 コクリコはフランスでは野原や麦畑で普通に見られるごくありふれた花です。『ムース川のビール』、『LUビスケットのラベル』はフランスとフランスの農業をあらわし、『夏 連作四季』はコクリコの咲く季節、夏をあらわす例です。
 ミュシャの故郷チェコでもコクリコは野に咲く花です。ヒナギクとともにチェコの象徴とされ『チェコ周遊旅行写真集』の表紙ではコクリコはチェコの土地を象徴しています。

ココリコ
 『ココリコ』誌は、1898年に画家のポール・ブティニー
(Paul-Émile Boutigny 1853-1928)が創刊した美術文芸誌。スタンランのポスター(左)でもわかるようにアール・ヌーヴォーの多くの画家たちに活躍の舞台を提供して、アール・ヌーヴォーの普及に貢献したと評価されています。
コケコッコ
 誌名の『ココリコ』は日本語で言えば「コケコッコー」。オンドリ
(雄鶏 le coq)の鳴き声を雑誌の名前にしています。スタンランのポスターだけでなく、ミュシャによる題字でも女性の肩にオンドリがとまっており、各号の表紙デザインには雄鶏をテーマにしたものが多くあります。
 ゴロワ種のオンドリはフランスの象徴とされ、サッカーのフランス代表ユニフォームにもオンドリのマークがついています。
オンドリ
 「ゴロワ」はフランス地域に住んでいたとされる古代ケルト族ガリア人に由来します。フランス人直接の祖先ではないのですが、フランス語でガリア人をゴロワ(gaulois)といい、ニワトリのゴロワ種と同音なのと、ゴロワのオンドリは勇敢で強情、鼻が高く好色多情なところがフランス人のイメージと同じだとされています。またオンドリのトサカが、同じくフランスの象徴のコクリコ(coquelicot ヒナゲシ)の花びらを思わせるからだともいいます。
 主宰のブティニーは普仏戦争従軍の経験があり、戦争画を得意として20代からサロンで活躍し、『ココリコ』創刊の年にレジォン・ド・ヌール勲章を授与されたことなども『ココリコ』の誌名に関係があると思われます。

ミュシャのデザインによる 『ココリコ誌』 扉のタイトル(1898年)

サッカー・フランス代表チームのマーク












『夏 連作四季』から

『ムース川のビール』ポスター

『チェコ周遊旅行写真集』 表紙

『LUビスケット ラベル』

『ココリコ誌の12ヶ月』 

ミュシャの『ココリコ誌』 表紙