『リュション』 (1890年)
F.タマーニョ
『リュション』 (制作年不詳)
P.シャンゼー
『リュション』 (1922年)
R.スビエ
『リュションの花まつり』 (1890年)
J.シェレ
『リュション』 ポスターの下絵 (1895年)
土居君雄コレクション
『リュション』 (1895年)
『愛人たち』、『オム・デコール』 とともに、ミュシャが「カミ印刷所」 で制作したリトグラフ3点のもうひとつがこの 『リュション』 です。
『リュション』 は、スペイン国境に近いピレネー山中の温泉保養地 「リュション」 へ観光客を誘うパリ=オルレアン鉄道のポスターです。
フランス王立医学会発行の1782年版温泉効能リストにも掲載しており、 18世紀後半にカジノと浴場施設の豪華な建物を建設し、貴族や高級軍人を呼び込んで成功につなげたようです。ポスターにも描かれている二つの建物は現存しています。
周りの山々から見る町の美しい眺望を 「ピレネーの女王」 と呼び、町を囲む10以上の峰々を馬で巡って眺望を楽しむツアーでも湯治客を呼び込みました。
ピレネーのベレー帽に民俗衣装 (ピレネー・バスク地域発祥のベレー帽が、ピレネーの風光を愛した画家と軍人たちによって世界に広まった) 姿で馬に乗る男がリュションの魅力を伝えています。ミュシャだけでなく、リュションの観光ポスターにはこうした乗馬と山から見おろす町の風景を描いているものが多くあります。
ミュシャの『リュション』 ポスターには山上からの眺望は描いていません。しかし、足元に添えた花 「シクラメン」 は 「回転」、「旋回」 を意味するギリシア語の
「キクロス」 が語源で、パノラマを巡るイメージをミュシャは伝えます。
『リュション』 のポスターには女性を描いていないのと、ミュシャのサインがないため、展覧会カタログやオークションカタログでグラッセ作あるいはタマーニョ作と間違って紹介しているものがあります。しかし
『リュション』 のポスターを実際に見れば、描線の特徴などからミュシャ作品を疑う余地はありません。
1896年ランスの 「芸術ポスター展」 にミュシャ自ら出品し、その時のカタログには 「ミュシャ作」 と明確に記載されています。さらにミュシャが亡くなるまで
『リュション』 下絵を手元に置いていたこと、それが子息のイジー・ムハから土居君雄さんに譲られた経緯からも、ミュシャの作品であることは確かです。(ポスター右側 の 「カジノ」 と 「浴場」 の建物はリトグラフ職人が写真を参考に描いている。タマーニョ、シャンゼーのポスターでも同様に建物は職人の手による。)