ポスター

喜びが詰まっている
 「ミュシャ・ポスター」には、ワイン、ブランデー、リキュールを宣伝するお酒のポスターがいくつもあり、ミュシャ・ポスターのジャンルに「演劇」とならんで「酒類」をあげる例もあります。
 ワインの種類には、立ちのぼる泡を楽しむ「発泡ワイン
(スパークリングワイン)」があります。発泡ワインのなかでもフランス北東部のシャンパーニュ地方で伝統製法(瓶内二次発酵+15ヶ月以上の熟成)によって製造したものだけを「シャンパン」(正しくは、フランス語でシャンパーニュ、英語でシャンペン)と呼んでいます。
 「リュイナール」はシャンパーニュ地方の中心地の一つ、ランス Reims
(Rheims)にあるメゾン(ワイン製造業者)です。ランスは、フランス国王の戴冠式がここで行われれ、15世紀にジャンヌ・ダルクがシャルル7世を戴冠に導いたことでも知られています。2012年にルーヴル美術館別館がオープンして話題になりました。
 「リュイナール」は1729年創業の最古のメゾン
(モエ・エ・シャンドン Moët & Chandon は1743年創業)です。現在はルイ・ヴィトン・モエ・ヘネシー社(LVMH)に買収されモエ・エ・シャンドン、ヘネシー・コニャックと同じ企業グループになっていますが「喜びが瓶の中に詰め込まれている」と表現され、エリゼ宮のフランス大統領晩餐会では主にリュイナール・シャンパンが供されるという最上級のシャンパンです。
喜びがはじける
 『リュイナール・シャンパン』のポスターは奔放に跳ねる髪の女性が見る人の目をとらえます。この「髪」が「瓶に詰められた喜び」のはじける泡を感覚的にあらわし、グラスから立ちのぼる水色の星もシャルドネ
(白ワイン用ブドウの品種)系シャンパンの爽快感を伝えます。
 「髪」と「星」には見る人の注意をポスターの文字に導くという役割もあります。「髪」が文字へ導くスタイルは、『カサンフィス印刷所』、『リュション』のポスターにはじまり、『サロン・デ・サン第20回展』、『ジョブ』で確立したミュシャのデザイン手法です。この後『黄道十二宮』、『サラ・ベルナール
(ラ・プリュム)』、『サロンデサンでのミュシャ展』へと洗練を深めて「ミュシャ・スタイル」に定着します。また『ジスモンダ』にはじまる「衣装の裾が文字を読ませる」スタイルも引きついでおり、左手にかかげるグラスがその上の文字へ導くテクニックも『モナコ・モンテカルロ』、『ウェイヴァリー自転車』、『モラヴィア教師合唱団』につながります。赤く塗った背景と黄色の髪、水色と白の衣装など大胆な取り合わせながら品位を失わないバランスなど『リュイナール・シャンパン』は「ミュシャ・スタイル」ポスターの軸となる興味深い作品です。

 背景の赤を「ワインの色」と説明する間違った解説があります。リュイナールはシャルドネ品種の白による金色に輝く「ブラン・ド・ブラン」が特徴で、ロゼはあっても赤ワインは製造していません。したがって「ワインの赤色」を使うことはありません。ミュシャはそれとは違う意図で下絵の段階から背景の色を赤にしていました。
 「金色の髪」と「杯」は、『ブルノの南西モラヴィア宝くじ』と『スラヴ叙事詩展』のポスターにも登場します。両ポスターにはスラヴの神「スヴァントヴィト」が描かれていて、「金色の髪」と「杯」はスヴァントヴィトの重要な「アトリビュート
(神話や歴史の神、人物を特定する持ち物。仏像などの持物にあたる)」なのです。
 3つの顔
(4つともいわれるがミュシャは3つの顔であらわし過去・現在・未来を象徴させている。)を持ち、古代には戦争の神だったスヴァントヴィト神は中世頃に全能の善の神、平和の神に変化したとされています。戦争をあらわす「剣」と、「リュトン型の角杯」を手にし白馬を従えています。「血の色」の赤がシンボルカラーでしたが、中世以降、平和の神になってからは赤色は「太陽」をあらわす色へ変化し、チェコの栄光の象徴になりました。「太陽」はスヴァントヴィトが連れている「金色の巻き髪の少女」で表現することもあり、金色(または黄色)は「希望」をあらわす色とされています。
 『リュイナール・シャンパン』の「背景の赤色」、「髪の黄色」はスヴァントヴィトを連想させ、左手にかかげるグラスも「角杯」とつながり、さらにフス派信仰の「聖杯」も思いおこさせます。もちろんそのようなことはポスターを見るフランスの人たちにはわからないし関係もなく、ミュシャのメッセージが伝わるはずもありません。
ポスター展
 『リュイナール・シャンパン』のポスターは街に貼って宣伝する目的よりも、1896年11月にランスで開かれた大規模な「芸術ポスター展」に出品するために締め切りがせまる中で制作したものでした。デッサンと完成作のポスターのあいだでアイデアにほとんど変更がないのはそのためです。
 また、『リュイナール・シャンパン』のポスターは高さが170cm以上あるオリジナルよりも、90cm足らずの縮小復刻版を見ることが多いのも、芸術ポスター展で高い評価を得たことによりシャンプノワ社
(リトグラフ工房)が販売用のポスターを売りだしたものが広く出まわったためです。
 「ミュシャ・スタイル」ポスターの基本と特徴をそなえた広告ポスターの代表作ですがミュシャにとって自分の表現をより強く出すことができたポスターでした。

海の攻撃 Utok Moře
Champagne Ruinart リュイナール・シャンパン
※ こちらをクリックすると
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 1896年11月にランスで開催した『芸術ポスター展』のポスター。
 ポスター作家だけでなく、広く画商、リトグラフ工房や印刷所に働きかけて、1690点ものポスターを展示した史上最大規模のポスター展覧会だった。

 ポスター貼り職人の姿をデザインしている。

『フス教徒切手』(1920年)
『スラヴ叙事詩展』(左 1928年 部分)と、『ブルノの南西モラヴィア宝くじ』(右 1912年 部分)
フス派のシンボル「聖杯」をかかげている。
『ヴルタヴァの野外劇』スケッチから
「聖杯」をかかげて進むフス教徒
(1926年 部分)

剣とリュトン型角杯を持つスヴァントヴィト
『海の攻撃 Útok Moře 』裏表紙から(1922年)

どちらも「金の巻き髪の少女」を連れ、「杯」を持つスヴァントヴィト神像。『ブルノの南西モラヴィア宝くじ』(右)ではスヴァントヴィトの木像に「太陽」、「角杯」、「剣」、「馬」を刻んでいる。

リュイナール・シャンパン

『芸術ポスター展覧会』のポスター
エルネスト・カラス
(Ernest Kalas 1861-?)

『リュション』 1895年
ランスの「芸術ポスター展」には
リュション』も出品していた。 

『サロン・デ・サン第20回展』
1896年

『サロン・デ・サンのミュシャ展』
1897年

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リュション』 

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椿姫
ロレンザッチオ
メディア
サマリアの女
トスカ
ハムレット
カサンフィス印刷所
サロン・デ・サン第20回展
ランスの香水ロド
ジョブ
サラ・ベルナール
サロン・デ・サンでのミュシャ展
モナコ・モンテカルロ
ムース川のビール
トラピスティーヌ酒
ウェイヴァリー自転車
遠国の姫君
ズデンカ・チェルニー
ブルックリン美術館のミュシャ展
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シガリロ・パリ Los Cigarillos Paris
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『リュイナールシャンパン』
のデッサン

『モエ・エ・シャンドン』
1899年

「クレマン CRÉMANT」は、シャンパーニュ以外の地域でシャンパンと同じ伝統製法の厳しい条件をクリアして製造した発泡ワイン。

二種類のシャルドネ種をブレンドした、「ブラン・ド・ブラン」とよぶ金色の輝きがリュイナール・シャンパンの特徴。

Ruinart リュイナール ルイナール
モエ・エ・シャンドン クレマン・アンペリアル Cremant Imperial

ミュシャ・コラム
「寄せ集めのミュシャポスター

リュイナール・シャンパン    1896年 リトグラフ