挿絵にトケイソウを使っている例 『クリスマスと復活祭を告げる鐘』 (左) と『「装飾資料集』 (右) 画像をクリックすると部分を拡大します。
ミュシャがデザインした切手を見上げるスラヴィアを描いた記念切手。
ここでは「トケイソウ」がチェコスロヴァキア復活を象徴しています。
(マックス・シュヴァビンスキーのデザイン) 1958年
頭にスラヴ菩提樹を飾るスラヴィア(チェコを象徴する女性)が月桂樹とスラヴ菩提樹を『プラハ城切手』に捧げている。その『プラハ城切手』にはトケイソウとバラが飾られている。
トケイソウは「受難」・「復活」、月桂樹は「不滅」、バラは「栄光」と「希望」をあらわし、チェコの国の木スラヴ菩提樹はチェコスロヴァキアを象徴する。
1958年は、チェコスロヴァキアが1948年にソ連主導の共産党支配体制に組み込まれて始まった苦難の40年の10年目。ソ連による支配がチェコスロヴァキア国民の上に重くのしかかっていた。
ミュシャ・コラム
「寄せ集めのミュシャポスター」
トケイソウ (京都府立植物園で撮影)
受難劇
1890年の受難週に初演した宗教劇を1904年3月29日にパリのオデオン座で再演したときのポスターです。
日本ではクリスマス(キリストの生誕祭)が一般的ですが、キリスト教でもっとも重要な行事はイースター(キリストの復活祭)です。イースター直前の一週間、イエスをイェルサレムに迎える棕櫚(しゅろ)の日曜日からキリストの復活前日、暗黒の土曜日までの7日間を「受難週」と呼んでいます。「受難」は復活への道筋でもあります。この間の出来事を劇にしたものを「受難劇」といいます。ミュシャが知られるきっかけになった『ジスモンダ』も「受難劇」です。
受難曲
受難週の礼拝に用いる音楽が受難曲です。バッハやテレマンなど、多くの作曲家が受難曲を作っていますが、もっともよく知られているのはバッハの『マタイ受難曲』でしょう。聖書の『マタイによる福音書』をテキストにした永遠の名曲です。ほかにもバッハは『ヨハネによる福音書』が主なテキストの『ヨハネ受難曲』を作曲しています。
ポスターの下部には「ジャン(ヨハン)・セバスティアン・バッハの音楽」とありバッハの受難曲を土台に作られた劇であることがわかります。
受難の花
イエスは茨(イバラ)を編んだ輪を手にして背景には茨の輪があります。十字架を負わされたイエスが刑場のゴルゴダまでの道をたどるとき「ユダヤ人の王」を揶揄して王冠のようにかぶせられたため、「受難のキリスト」のシンボルとなった「茨の冠」ですが、同時にトゲのある「ソコルの輪」、希望のシンボルとしての「太陽」を表わすミュシャの表現です。
もうひとつ、ほかのポスターではあまり見ることのない花をイエスの背景に描いています。
この花は「トケイソウ」です。花を正面から見た印象が時計の針と文字盤を思わせるところから日本では「時計草」と呼んだのでしょう。
1569年にペルーで発見されたこの奇妙で複雑な花を見て、スペインの宣教師たちはイエスの受難と結びつけました。
三つに裂けた葉は刑場の警吏が持つ槍、巻きひげはイエスを打つ鞭(ムチ)、そして花弁や萼(がく)、おしべ、めしべなど花の細部のそれぞれに使徒やイエスの傷、十字架、イエスを十字架に磔(はりつ)けるために打ち込んだ3本の釘とかなづち、茨の冠、さらには純潔や天国をあらわす色にまでなぞらえて「受難の花」と名づけたのです。英語でも「パッション・フラワー(受難の花)」と呼び、パッション・フルーツはその果実です。
復活
ミュシャが 「トケイソウ」をポスターに使った例はこの作品だけですが、「挿絵」にはトケイソウを描いたものがあります。『クリスマスと復活祭を告げる鐘』(E.ジェバール著)は、タイトルが示すように「受難」・「復活」と係わりがあり、ミュシャの挿絵やイルミネーション(書籍の装飾)に描く花が単なる飾りではなく、文章とともに内容を語るものであることがわかります。