グランプリ
 『フラート・ビスケット』のポスターは2種類のバージョンが存在します。1898年の通常版と1900年パリ万国博覧会でグランプリを得たことを誇示する1900年版です。もっとも、ポスター最下部のほそい枠内に白字で小さく「GRAND PRIX-PARIS 1900」と刷り込んでいるだけでそれ以外は変わらないのでほとんど気づかないかもしれません。
 このポスターは街角に貼り出すものでなく厚紙で裏打ちして店内やビスケットの販売ブースに下げて使うのものなのでそれで十分だったのです。むしろ下の部分に表示する方がお客さんの目に入りやすくアピールできました。ミュシャは下からやや見上げ気味にポスターを見ることを計算してデザイン構成しています。
4分の1 の誤解
 人物のポーズや描き方にいくぶん硬さが見られるものの男女の顔から衣装や手、花を通って左下の商品、そして「ルフェーヴル・ユティル・ビスケット」のブランド名へと見る人の目を誘導するミュシャ・ポスターらしい画面構成です。
 左下のビスケットを「かけら」や「4分の1」など間違った解説の展覧会図録やカタログレゾネがあります。丸や四角でないための誤解でしょうが、「かけら」で商品を宣伝する広告などありません。
 「フラート・ビスケット」は円の4分の1のビスケットです。というより、「Flirt」と「扇」のイメージを結びつけてビスケットを扇形にデザインしました。よく見るとポスターの女性もたたんだ扇を手に下げていて「フラート」のイメージに通じる「扇」がこのポスター、そして商品の「キー」であることがわかります。もちろんミュシャは「花」でも「フラート」のイメージを伝えています。何種類もの花や葉を描いていますがそれぞれ、「甘美」、「魅惑」、「愛」、「おとなの魅力」、「幸せ」などの意味を持つ植物です。
(「閉じた扇」は「成就しない恋」、「拒絶」をあらわします。ポスターの男性のアプローチは残念ながら受け入れられないでしょう。でも「フラート・ビスケット」があると・・・。)
恋 の誤解
 近いものが王朝文学の「色好み」に見られるとはいえ日本には「フラート Flirt」にあたる言葉も概念もありません。そのため「男女の戯れ」や「偽りの恋」、「いちゃつき」など間違った翻訳や説明で誤解されていますが、じっさい日本語にない「フラート」を説明したり理解するのは大変むつかしいことです。
 しいて言うならロマンスを匂わせる心地よい会話だったり触れあいだったり。恋愛関係に進むこともあれば甘ったるい一時の関係で終わることもある。男性からの場合も女性から男性を誘うそぶりのこともある。日本語にすると「はしたない」イメージになりがちですが、知的でストイックな面もあって、フラートの段階のない恋愛は幼稚だったり下品なものとされます。軽くは女性がコートを脱ぐのを手助けしたりドアを開けたりされてありがとうと笑みを返すのも「フラート」といえるでしょう。
 「フラート・ビスケット」以外にもルフェーヴル・ユティルのポスターやパッケージには「フラート」を表現しているものがいくつもあり、ルフェーヴル・ユティル社が自社のビスケットやゴーフルを知的でおしゃれなシーンにこそふさわしいと考えていたことがわかります。

 おいしさを伝える形とイメージはルフェーヴル・ユティル社の販売戦略でもあった。シャンパン・ビスケットなど大人向け商品を知的でスリリングな「フラート」、「扇」などのイメージでアピールした。

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グランプリの文字がある1900年版

『シャンパン・ビスケットのラベル』(左) 各種ビスケットの箱(中) ポスターのデッサン(右)
どれも「フラート」といえるデザイン

ルフェーヴル・ユティル社のパンフレットから  中央の扇形が"フラート・ビスケット"

"フラート・ビスケット"の缶(左)と缶のラベル(右)
ルフェーヴル・ユティル社のパンフレットから

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