1枚だけのポスター
 ポスターは大量に配布するために印刷や版画で制作します。 しかし、例外的に 1点しか制作されなかったポスターが存在します。「ジャンヌ・ダルク」の公演に際してミュシャが女優モード・アダムス(1872‐1953)のために描いた肖像画は公演会場のハーヴァード大学でポスターとして掲示され、油彩で制作した1点だけのポスターになりました。
ジャンヌ・ダルクの復権
 1909年4月18日、パリのノートルダム大聖堂でローマ教皇ピウス10世によってジャンヌ・ダルク(1412‐1431)がカトリック教会の福者に列せられました。
(列福は聖人となるステップで、最終的にジャンヌ・ダルクは1920年5月16日に聖人に列せられます)
 列福を記念して1909年 6月22日、ハーヴァード大学はシラー
の戯曲「オルレアンの乙女」を上演。 女優のモード・アダムスがジャンヌを演じ舞台美術と衣装はミュシャがデザインしました。 (「オルレアンの乙女」はそれまで魔女や妄女とされていたジャンヌを1801年に詩人のフリードリッヒ・フォン・シラー(1759-1805)が “神に選ばれた気高い少女” として描き、ジャンヌ・ダルク復権のきっかけのひとつになった戯曲です)
ヤン・フスの復権
 ハーヴァード大学での公演の後、モード・アダムスが主に出演していたニューヨークのエンパイア劇場ロビーにこの絵を飾ることになりミュシャは額縁を制作しました。「ジャンヌ・ダルク」にはフランスを表わすユリを装飾に描いてアメリカとフランスの交流を象徴しています。しかし、ミュシャは額縁の装飾に故郷チェコの象徴を描きました。
 ミュシャにとってジャンヌ・ダルクは、同じ頃の1415年にやはりカトリックの異端審問で火刑に処せられたヤン・フス
(1369-1415)と重なります。
 ジャンヌ・ダルクに描かれているフランスのユリを囲む殉教のシンボル、キリストのイバラの冠は没後500年を迎えるヤン・フスの復権を願う希望の太陽でもあったのです。
 ミュシャの「ジャンヌ・ダルクに扮するモード・アダムス」は1920年、ジャンヌ・ダルクの列聖に合わせてニューヨークのメトロポリタン美術館に寄贈されました。
 フス派を弾圧したことは間違いだったとチェコ国民にカトリック教会が謝罪したのは2000年のことでした。

ジャンヌ・ダルクに扮する モード・アダムス    1909年 油彩

「ジャンヌ・ダルクに扮するモード・アダムス」
メトロポリタン美術館(ニューヨーク) 蔵

火刑から500年を記念するヤン・フス像
(シャロウン作) 1915年

ジャンヌ・ダルクに扮するモード・アダムスの写真(上)と水彩による下絵(1909年)((下)

「ジャンヌ・ダルク」(上)と「レスリー・カーター」(下)の“イバラの冠”

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ミュシャが15才の頃に描いた
火刑台のジャンヌ・ダルク(1875年)

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