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メディア    1898年 リトグラフ

椿姫
ロレンザッチオ
メディア
サマリアの女
トスカ
ハムレット

ギリシア悲劇
 「メディア」は2500年前にエウリピデス(紀元前480頃-紀元前406頃)が書いたギリシア悲劇をもとにしています。サラ・ベルナール(Sarah Bernhardt 1844-1923)の崇拝者マンデス (Catulle Mendés 1841-1909)が彼女のために新しい解釈で脚本を書きました。ポスターのタイトル文字がモザイクでギリシア文字風になっているのはギリシア悲劇の翻案だからです。
子殺し
 メディアは、ギリシア神話では太陽神ヘリオスの孫です。英雄イアソンを助けてその妻になりましたが、夫の不義を知ったメディアは激しく怒り、夫との間に生まれた2人の子どもを殺してしまいます。
 ポスターには子どもを捜すイアソンにむかって「もうお前の子どもたちを捜すな。子どもたちはここにいる!」と叫ぶ夜明けのシーンが描かれています。
太陽を背にして、黒っぽい衣装につつまれて怒りと悲しみに目を大きく見見開いたメディアは大変印象的です。
アイリス
 メディアは、「ジスモンダ」と同じく、頭にジャーマンアイリスの花を飾っています。"アイリス"は受難の花といわれ、とがった葉が、わが子イエスの受難に聖母マリアの胸を刺しつらぬく"悲しみの剣"を連想させます。「ジスモンダ」のアイリスは受難劇をあらわしていますが、「メディア」では、わが子を手にかけるメディアの悲しみをアイリスが伝えます。

世界の宝
 ミュシャはメディアの激しく崇高な性格を腕に巻いた蛇で表現しました。蛇はイアソンがメディアの助けによって得ることができた「金毛の羊」を守るドラゴンを連想させます。
 ポスターに描いた蛇を気に入ったサラ・ベルナールは、ミュシャに蛇のブレスレット制作を依頼しました。ミュシャがあらためてデザインし、ジョルジュ・フーケ
(George Fouquet 1862-1957)が制作した「蛇のブレスレットと指輪」は、ミュシャの世界的コレクター故土居君雄氏のコレクションに収められ、今は「アルフォンス・ミュシャ館」でいつでも見ることができます。
  このブレスレットはミュシャスタイル宝飾の最高であるだけでなく、ミュシャ、フーケ、サラ・ベルナールという19世紀末最高の芸術家3人がひとつの作品に結実している奇跡によって"世界の宝"とされています。
 日本には"19世紀"という概念はないためわかりにくいですが、19世紀は"人類が知性と文化・芸術の高みをめざして進歩しつづけた世紀"とされ、さらにその先の20世紀への希望をみんなが持つことができた時代と考えられています。19世紀は"進歩"という言葉でいいあらわすことができるでしょう。
  「蛇のブレスレットと指輪」は、1980年パリ、1989年東京の「ミュシャ展」、また、1994年ミュンヘン、2005年ニューヨークで開かれた「サラ・ベルナール展」に出品され世界中で話題になりました。

ファム・ファタル
 オスカー・ワイルド(Oscar Fingal O'Flaherittie Wills Wild 1854-1900)とビアズリー(Aubrey Vincent Beardsley 1872-1898)の「サロメ」、クリムト(Gustav Klimt 1862-1918)の「ユーディット」など、19世紀末の画家たちが"ファム・ファタル(宿命の女)"と呼ばれる"エロス(性愛)"と"タナトス(死)"の象徴を描いています。 ミュシャの「メディア」でも"エロス"と"タナトス"をシンボリックに表現しており、19世紀末"ファム・ファタル"の代表的な作品です。
日本画
 まるで仏像の"光背"のような表現で描いた日の丸の太陽、屏風絵に見られるような金彩の雲はまるで日本画です。太い輪郭線と余白を残した画面、そして左わきにある"落款(らっかん 書や絵に押す印)"を思わせる文様は、ミュシャが日本美術に親しんでいたことをうかがわせます。"SARAH BERNHARDT"の文字も縦の筆書きのようなデザインで、欧米の人たちにはエキゾチックな日本趣味と見えたことでしょう

ポスター

「蛇のブレスレットと指輪」とデッサン

「怒りくるうメディア」 (部分)1862年
E.ドラクロワ(Eugène Delacroix 1798-1863)
ルーヴル美術館蔵

「メディア」のデッサン

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カサンフィス印刷所
サロン・デ・サン第20回展
ランスの香水ロド
ジョブ
サラ・ベルナール
サロン・デ・サンでのミュシャ展
モナコ・モンテカルロ
ムース川のビール
トラピスティーヌ酒
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遠国の姫君
ズデンカ・チェルニー
ブルックリン美術館のミュシャ展

ミュシャ・コラム
「寄せ集めのミュシャポスター

シガリロ・パリ Los Cigarillos Paris
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 「メディア」 を翻案したマンデスは1866年に、ミュシャ挿絵の代表 「白い象の伝説」 の著者ジュディット・ゴーティエ (Judith Gautier 1845-1917) と結婚しました。
 右のカリカチュアは 「近代ポスターの父」 カッピエルロ (Leonetto Cappiell 1875-1942) によるマンデスの肖像です。
 ルノワール (Pierre August Renoir 1841-1919) の油絵に 「カチュール・マンデスの家族たち」 という作品がありますが、これはゴーティエではなく彼女と離婚した後に再婚した妻と子どもたちを描いたものです。

カチュールマンデスのカリカチュア
L.カッピエルロ

カチュール・マンデス
1841-1909

「マンデスの家族たち」 1888年
A.ルノワール(August Renoir 1841-1919)