ポスター

トラピスティーヌ酒   1897年 リトグラフ

まっすぐ!
 「ミュシャ・スタイル」は、ぐるぐる渦巻く髪と豊かな色彩が特徴といわれます。しかし 『トラビスティーヌ酒』 では、「まっすぐにのびる髪」 と 「白い衣装」 が真っ先に目に入ります。
 白い衣装はこのリキュール酒がトラピスト派の修道院に伝わった製法で作られていることを宣伝しています。実際にはパリの 「ルグィ・ド・デルベルグ」 という酒造会社が作っていました。
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 もうひとつの特徴は頭上の円にある十字の模様です。女性のえり首にも同じ十字がデザインされています。十字は白い修道衣とともにこのリキュール酒の起源が修道院にあることを示し、先端が広がった十字は瓶の形を印象付け、このポスターのデザインの要のひとつになっています。
 この十字を「マルタ十字」とする間違った解説をよく見かけます。どれも、1980年代のカタログ・レゾネの誤った記述をそのまま引き写しているための間違いです。楔(くさび)状の直線的な「マルタ十字」に対して、『トラピスティーヌ酒』の曲線的に三味線撥(ばち)のように広がる十字は「クロス・パティ」 と呼び、ドイツの鉄十字の起源でもあります。「ドイツ騎士団」と「マルタ騎士団(源流は聖ヨハネ騎士団)」は、それぞれ別の修道会から発展したもので、シンボルの十字が異なります。 マルタ十字ではデザイン的にも「トラピスティーヌ酒」の瓶とつながりません。
 円には、オーストリアとの関連でしょうか 「双頭のワシ」 が描かれ、羽根が放射状に伸びています。
 これらはすべてこの特異なポスターの意味と目線の流れを誘う重要なデザインの要素になっています。
 ミュシャの「渦巻く髪」は目線を誘導するためのものでした。 『トラピスティーヌ酒』のまっすぐに伸びる髪も、見る人の注意を商品へと導きます。この一直線に伸びる髪についても「謹厳な修道会のイメージを強調する」などと見当外れの解説があります。絵画を全体視せず、狭い視野で牽強付会する間違いです。
集めて集めて

 『トラピスティーヌ酒』 のポスター下半分はほとんどまっ白でシンプルです。それに対して女性の顔のまわりはなんとカラフルで複雑ななことでしよう。花を飾った髪、腕にも花を抱え、仏像の光背のような円の装飾と上隅の花。さらに商品名「LA TRAPPISTINE」の文字もその効果を高め、花を持つ手の指は女性の顔に注目させるように指さしています。
 ミュシャは、商品にではなく女性の顔に注目させようとしているのです。えり飾りの同心円も集める効果を高めています。
 そして、伏し目加減の女性の目線が見る人の注意をまっすぐ伸びる髪へ誘い、直線の髪に導かれて画面下部へと運びます。見る人の視線は、商品を載せたプレートに行き当って直角に曲げられて商品の酒のビンとラベルへ誘われるのです。
集めて集めて
 画面下部を白一色に抑えたことで髪の効果はより高められ、商品が強く印象に残ります。下に行くほどすぼまる衣装もみちびく髪の効果を助けています。
 女性の顔のまわりが複雑であるほど商品に目がたどり着くとホッとしてしまいます。
 女性の体が 「く」 の字に軽く曲げられているのも、商品に軽くかけている左手の指も、テーブルから垂れる布のひだ、そして画面上隅の花など、すべての要素がこの効果をさらに高めています。
 デッサンだけが残っているもう一つの 『トラピスティーヌ酒のポスター』 案を見比べると、ミュシャがポスターのデザインにどのように工夫を重ねているかがよくわかります。

トラピスティーヌ酒のポスター

「クロス・パティ」 十字  

『トラピスティーヌ酒のポスター』
もうひとつの案のデッサン
プラハ国立美術館

マルタ十字
左 「マルタ騎士団」 (チェコの切手)
右 「マルタ騎士団モナコ協会50年」 (モナコの切手)

トラピスティーヌ酒のポスター クロスパティ
椿姫
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切手 マルタ騎士団
切手 マルタ騎士団モナコ協会50年

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ミュシャ・コラム
「寄せ集めのミュシャポスター

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トラピスティーヌ酒のポスター デッサン