目がとらえる
 こちらを見つめる少女の目が印象的なポスターは、ミュシャ自身の2回目の個展のポスターです。 口もとを手でかくしているためポスターを見る人の注意はより強く目にひきつけられます。 2月のボディニエール画廊に続いてラ・プリュム芸術出版社の画廊サロン・デ・サンで開いた個展では油絵、パステル、デッサン、リトグラフなど448点もの作品を展示しました。 サロン・デ・サン Salon de Cent は直訳すれば百選展。 日本でもデパートの催しなどに○○百選展とか○○百選街と銘うったのはサロン・デ・サンの名前からはじまったものです。
髪が導く
 見る人の注意は目から少女が手に持つ紙のハートと輪の模様、さらに長く伸びる髪に導かれて A.ミュシャの展覧会がボナパルト通りで開催していることを知ります。 ポスターの前をたまたま通りかかった人の注意を引いてポスターの情報を伝える優れたデザインです。
 少女はチェコの民族衣装と頭飾りをつけています。 人気が高まるとともに、そのエキゾチックな美しさからミュシャとは誰か?どこの人だろう?と人々の関心を集めていました。 少女の頭にモラヴィアの野に咲くひな菊を飾って、自分がモラヴィア出身のチェコ人であることを明らかにしたのです。
 
 ハートとそれを取り巻く3つの輪は当時からルグランはじめいろいろな解釈で注目を集めました。 あざみ、茨の輪、ハート はキリスト教的なシンボルですが、ミュシャにとってはスラヴ連帯の運動 「ソコル」 をあらわし、ミュシャの描くハートは、チェコの国の木、スラヴ菩提樹のハート形の葉をあらわしています。
「明星」 にも
 このポスターのデザインは、与謝野晶子が活躍していた雑誌 「明星」 第7号
(1900年) の挿絵にとりいれられ、その後もたびたび使っています。 与謝野鉄幹も 「明星」 のデザイナーも、このポスターのすぐれた効果をよく理解していたからでしょう。 ただし、明星の挿絵はオリジナルのポスターとは重要なポイントに違いがあり、明星のデザイナーたちはポスターではなくてラ・プリュム誌のミュシャ特集号 (1897年) を参考にしていたことがわかります。
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口もとを覆って目に注視させ、注意を商品に導く中村誠 (1926-2013) のポスター。 資生堂アートディレクターとしてポスターデザインに一時代を築いた中村誠さんはミュシャのデザインを深く理解されていました。

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1897年2月にミュシャがはじめての個展を開いたボディニエール画廊も第一線の画家たちが展覧会を開く当時のパリではよく知られた画廊でした。

ボディニエール画廊スタンラン個展  1894年
  T.A.スタンラン (1859-923)

中村 誠  資生堂ネイルアート・資生堂フレッシュアイズ 1973年 (左)
中村 誠  資生堂 練香水 "舞"  1984年 (右)
写真 横須賀功光

椿姫
ロレンザッチオ
メディア
サマリアの女
トスカ
ハムレット
カサンフィス印刷所
サロン・デ・サン第20回展
ランスの香水ロド
ジョブ
サラ・ベルナール
サロン・デ・サンでのミュシャ展
モナコ・モンテカルロ
ムース川のビール
トラピスティーヌ酒
ウェイヴァリー自転車
遠国の姫君
ズデンカ・チェルニー
ブルックリン美術館のミュシャ展
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ミュシャ・コラム
「寄せ集めのミュシャポスター

シガリロ・パリ Los Cigarillos Paris
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サロン・デ・サンがあった パリ の ボナパルト街 31番地 (現在)

「明星」 第7号の挿絵 1900年
「一筆啓上」 は鉄幹のコラム欄のなまえ

サロン・デ・サンのミュシャ展のポスター
スケッチ (ラ・プリュム誌より)
原画は、プルゼニュ 西ボヘミア美術館 蔵

頭にヒナギクを飾り 三つの輪のあるハートとスラヴ菩提樹を持つ少女
1920年代 (部分)

サロン・デ・サンのミュシャ展

ポスター

リトグラフ 1897年