悲恋
原作は1848年にフランスで出版されたアレクサンドル・デュマ・フィス(小デュマ Alexandre Dumas fils 1824-1895)の小説で、マリー・デュプレシーとの自身の恋愛体験をもとにした作品。名門の青年と高級娼婦の純愛が父親に裂かれる悲恋物語です。
1852年の劇場初演ですが、サラ・ベルナール(Sarah Bernhardt 1844-1923)の舞台(1892年初演)とヴェルディ(Giuseppe Fortunino Francesco Verdi 1813-1901)のオペラ『椿姫(ラ・トラヴィァタ)』で有名になりました。
純愛
高級娼婦 courtisane は美貌だけでなく芸術、ファッションに通じており、高い教養とセンスの彼女たちのサロンは政治や大きな商取引になくてならない裏社交界でした。(しいて日本でいえば太夫格の花魁(おいらん)がいくらか近いかもしれない。太夫は茶の湯、和歌や連歌、能、浄瑠璃(じょうるり)、香道など琴棋書画(きんきしょが)に通じ、遊郭とはいえ豪商や高級武士のサロンだった。)
サラ・ベルナールは1896年に新しい解釈で『椿姫』を再演しました。ポスターはこのときのものです。サラの依頼で舞台衣装もミュシャがデザインしました。ミュシャの衣装は当時のファッション界に新風をもたらしたといわれています。
白い衣装と白い椿はマルグリット(オペラではヴィオレッタ)の純愛をあらわしています。サラはこのポスターを気に入って1905年と1910年、2度のアメリカ公演ポスターに使いました。
永遠の愛
マルグリットは『椿姫』の名前のもとになった椿を一輪 髪に飾っています。
花弁だけの椿はしおれる花で椿姫の悲恋を表わし、一方、ポスター左下の椿は常緑の葉をつけた枝が左右対称に描かれていて、マルグリットとアルマン(ジェルモン)の永遠の愛を表わしています。ミュシャのポスターでは乙女椿のようなピンクですが、アメリカツアーのポスターでは赤い椿にしてよりわかりやすく際立てています。
上部の枠にはマルグリットの「犠牲の愛」を示すイバラで傷ついた心臓が描かれています。犠牲の愛、永遠の愛をテーマにする『椿姫』は、ウェーバーの『魔弾の射手』、ワーグナーの『さまよえるオランダ人』や『タンホイザー』など「ロマンティック・オペラ」とも通じる演劇ですが、ミュシャは19世紀半ばの原作と世紀末の新しい解釈を結びつけてポスターをデザインしました。
人気が高い『椿姫』は広告用だけでなく、販売用ポスターとして刷り増し、ずっと後まで販売をしていた。1枚10フラン(郵送料込みで10フラン60サンチーム)。
「椿姫」 販売ポスターの広告
ココリコ誌 1899年
太夫格の花魁「梅ヶ枝」
文楽人形舞台『ひらかな盛衰記』 神崎揚屋の段から
古今の名妓として、「梅ヶ枝 うめがえ」、「吉野大夫 よしのたゆう」、「夕霧 ゆうぎり」、「宮城野 みやぎの」、「阿古屋 あこや」、「高尾 たかお」たちの名が今に伝わっている。京、大阪、江戸で活躍した太夫は、のめり込んで藩や国を傾けてしまうほどの魅力から「傾城(けいせい 中国では傾国)」と呼んでいた。
世間から意図的に隔絶された遊郭は特殊な習俗だが、芝居や浮世絵を通してファッションが広まった。「吉野間道 よしのかんとう」のように、太夫の衣装が流行して一般化し、現代にまで伝わる織物もある。
『椿姫』 マルグリット に 扮する
サラ・ベルナール
ミュシャ・コラム
「寄せ集めのミュシャポスター」