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サロン・デ・サンでの
ミュシャ展

第6回ソコル大会

左から 「ジャンヌ・ダルク」(1908)、 ウミロフ・ミラー(1903-4)、クオ・ヴァディス(1904)、 「スラヴィア」(1908)

「サロン・デ・サンでのミュシャ展」 のポスター

「第6回ソコル大会」 のポスター

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ブルックリン美術館のミュシャ展
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ミュシャ・コラム
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ブルックリン美術館のミュシャ展 カタログ
表紙(左 )と裏表紙(右)

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サロン・デ・サンでのミュシャ展ポスター
第6回ソコル大会のポスター

ニューヨーク
 1921年1月19日から2月末までニューヨークのブルックリン美術館で開かれたミュシャ展ポスターです。「芸術はみんなのためのもの」というミュシャ自身の考えによって無料で開催されました。展覧会のために制作した作品のほか5点のスラヴ叙事詩をプラハから輸送して展示しました。展覧会は大評判になり60万人もの観客が詰めかけました。
スラヴィア
 ポスターの少女はスラヴィア
(スラヴの理想をあらわす女性像)です。右手にはソコルの輪(スラヴ民族連帯のシンボルマーク)を持っています。ソコルの輪にとげがあるのは太陽をあらわし太陽は希望を象徴しますが、同時にキリストの"茨の冠"をイメージさせて人々の注意を誘う役割をしています。(とげの輪は「第6回ソコル大会のポスター」にも描かれています。)

 長い髪はスヴァントヴィト
(スラヴ古代の神。太陽をシンボルとする平和の神)が連れている金色の巻き髪の少女をあらわすとともに視線をポスターの文字へ誘導します。これは、「サロン・デ・サンでのミュシャ展ポスター」の少女の髪と同じ役割です。
 一般にスラヴィアはスラヴ菩提樹の葉を頭に飾った少女の姿で描かれますが、この少女はミュシャの故郷モラヴィアをあらわすヒナ菊を飾ってチェコ芸術の展覧会であることをも表しています。
アメリカ時代
 1904年から1920年代にかけてミュシャはアメリカとヨーロッパを行き来し1909年まではアメリカを拠点にしていました。ミュシャの"アメリカ時代"と呼ぶこの時期はミュシャ芸術の転換期といえます。「クオ・ヴァディス」、「ハーモニー」などの重要な作品がこの時期に制作されました。
 しかし20世紀になるとアール・ヌーヴォーは廃れて美術の潮流は抽象画へと移ったためミュシャの名は急速に忘れられてしまいます。
 再び本格的なミュシャ展がアメリカで開かれるには1998年まで待たなければなりませんでした。

ブルックリン美術館のミュシャ展   リトグラフ 1920年

 1904年から第一次大戦期を挟み1920年代半ばまでミュシャはヨーロッパとアメリカを頻繁に行き来していた。40代から60代にかけての充実した時期で"傑作の森"といえるほど名作を次々と制作している。ブルックリン美術館展ではその時期の制作になる作品を多数出品した。
 アール・ヌーヴォー期と「スラヴ叙事詩」のはざまにあって"アメリカ時代"は必ずしも適正に位置づけされているとはいえない。"アメリカ時代"が正しく評価されるには「スラヴ叙事詩」同様、時間を要するがその時は間違いなく来るだろう。
 喜劇悲劇中央ハーモニーいずれも1908年

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