デザインで読ませる
『ジョブ』は、ロートレックの『ムーラン・ルージュのラ・グーリュ』などとならぶポスターの最高傑作です。商品名の「JОB」 が髪の裏側に隠れているにもかかわらず、画面構成、動きと安定感、ボリュームと色彩のコントラストなど、計算しつくされたデザインに導かれて「JOB」の名前とタバコ巻紙のイメージが記憶されます。
ジョブ社は、現在は北イタリアにあってヨットの帆などを製造し、化学工業の領域にも業態をひろげています。ミュシャがポスターを制作した当時は「タバコ用の巻紙」で知られていました。
タバコには、パイプ、葉巻、嗅ぎタバコ、紙巻きタバコなどさまざまな喫煙方法があり、「紙巻きタバコ」の種類には、喫煙のたびに自分で紙に巻いて吸う「刻みタバコ」があります。『ジョブ』は、刻みタバコを巻く「紙」を宣伝するポスターです。立ちのぼるタバコの煙の特徴ある描き方は「紙」のイメージをよび起します。
比較的小型のポスターですが、絵の中にはミュシャの驚くべき才能が渦巻いています。
浮世絵
『ジョブ』 の最大の特徴は、高く巻き上がり ツタのように渦巻いてのびる髪にあります。ミュシャは画面の半分以上を占める髪を金彩で描いています。金髪という意味もありますが、目を惹きつけ強く印象づける効果とともに、当時のパリの人たちに金蒔絵や金屏風のエキゾチックな日本のイメージを与えたことでしょう。
日本美術、とくに「浮世絵」がアール・ヌーヴォーはじめヨーロッパの文化に重要な影響を与えていることはよく知られています。「浮世絵」が最盛期をむかえたのはアール・ヌーヴォー期よりほぼ100年前、写楽や歌麿が活躍していた寛政時代頃からでした。私たちが「日本髪」と呼んでいる、高く豊かに結いあげる髪型がひろまったのもその頃です。
ヘア・アクセサリー
日本髪といえば簪(かんざし)、櫛(くし)、笄(こうがい)などの「ヘア・アクセサリー」です。『ジョブ』の髪でもアクセサリーの赤が髪をさらに印象的にし、商品名の「JOB」を記憶させる効果を強めています。歌麿をはじめ国貞、英泉らの美人画が、女性の半身を描き、何かを持つ手のしぐさと目線に特徴があるのも『ジョブ』のポーズと共通しています。
F. ブイッセ 1981年
『浮世風俗美女競(うきよふうぞくみめくらべ)』1824年頃
渓斎英泉(1791-1848)
高く結い上げた日本髪に簪、櫛、笄の「ヘアアクセサリー」を飾っている
目線の動き、効果を見事に計算
し尽くした構図が『ジョブ』の魅力
『JOB』 のポスター いろいろ
J. アッシュ 1886年
J. シェレ 1895年
ラッセンフォス 1910年
L. カッピエルロ 1912年
ミュシャ・コラム
「寄せ集めのミュシャポスター」