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ドイツ史

RODOLPHE II ET SON ASTROLOGUE
ルドルフ2世と彼に仕える占星術師

ティコ・ブラーエ
(1546-1601)

ヨハネス・ケプラー
(1571-1630)

ハプスブルク家出身の神聖ローマ帝国皇帝。プラハ城を居城とした。
美術品や世界の珍しい宝物の蒐集など文化的にはすぐれた役割をしたが、統治者としては無能で、宗教や政治問題への対応のまずさが後の30年戦争(1618-1648)の遠因にもなっている。

ルドルフ2世
(1552-1612)

デンマークの天文学者。ルドルフ2世に招かれて"宮廷付占星術師"として晩年はプラハ城で活動した。望遠鏡のない時代に肉眼の観測で非常に高い精度の観測データを残した。
17世紀初め頃は占星術と天文学はまだ分かれていなかった。科学としての天文学は惑星を観察する西洋占星術から生まれたといえる。

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プラハでティコ・ブラーエの助手をつとめ、ブラーエの死後は後任の"占星術師"としてルドルフ2世につかえた。
惑星の運行を明らかにした「ケプラーの法則」は師匠ブラーエの膨大な観測データがなければ生まれなかった。
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