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ソコルは、体育大会
 1912年にプラハで開かれたソコル体育大会のポスター。1862年に始まったソコル大会は4年ごとの開催スタイルなどオリンピックにも影響を与えています。ナチス・ドイツ保護領の時代と1948年から1989年までの共産党体制下ではソコル大会は開かれませんでしたが、反体制の動きを恐れる共産党が管理する"スパルタキアーダ"と呼ぶ体育大会が続けられていました。自由化後は"ソコル大会"はふたたび復活し現在まで続いています。
 少女は開催地のプラハ市を表し、ガウンの赤はソコル体育協会のシンボルカラーです。左手にプラハの市章を持ち、頭にもプラハの街を象徴する冠をつけています。右手には7つのスラブ菩提樹の輪を抱えています。7つの輪はスラブ・ソコル連盟に加盟している7つの国
(チェコスロヴァキア、ポーランド、クロアチア、スロベニア、セルビア、ブルガリア、ロシア) を表わしています。
ソコルは、タカ
 後ろにいる人物は髪が長くて少女のようにも見えますが、肩の筋肉がソコルの若者を示しています。
 両手に掲げている"タカ"
(チェコ語で Sokol ソコル)と 輪はどちらもソコルのシンボルです。輪はソコルの連帯ですがとげのある輪は太陽を表し、太陽神で希望の象徴のスヴァントヴィト神を連想させます。
 少女にまで届く若者の長い髪はここでは銀色ですが、スヴァントヴィトが連れているといわれるこれも太陽の象徴である金の巻き髪の少女を暗示し、ポスターを見る人の目を導いて ソコルの若者、鷹
(ソコ
ル)、少女、太陽神スヴァントヴィトを結びつける ミュシャ・デザインの要です。
 太陽を象徴するスヴァントヴィトのシンボルカラーの赤がチェコの栄光の時代を表す色となりソコル協会もスヴァントヴィトの赤、栄光の赤を協会のカラーとしました。
 ミュシャは同じ時期に制作していたプラハ市民会館市長ホールの壁画にもこのポスターとよく似たソコル、スラヴィア、スヴァントヴィトのイメージを描いています。
ソコルは、希望
 "ソコル Sokol"はチェコ語で鷹(タカ)を意味します。ソコル協会は若者の体を鍛えることを目的として1862年に結成された体育運動の組織でしたが時代とともにオーストリア・ハンガリー帝国の支配下にあるスラヴ諸民族の連帯を促す運動へと変ってきました。タカは鍛えられた若者の勇敢さを、 とげのある輪は太陽をあらわし未来の希望を象徴しています。

チェコ時代

第6回ソコル大会
リトグラフ 1912年

 「第6回ソコル大会」のポスターは、チェコ語ポスター本体の下に開催期間を伝える文字部分を加えて使った。会期の文字には異なる三種類の版、チェコ語(上)、フランス語(下)とロシア語版が存在する。
 1912年ソコル大会の会期は、チェコ語版とフランス語版では6月28日から7月1日だが、ロシア語版は6月15日から18日となっている。これは、ロシアではロシア暦(ユリウス暦)を使っており、西暦(グレゴリオ暦・太陽暦)とは当時13日のずれがあったため。もちろん、表記が異なるだけで開催期日は同じ。

 ナチス・ドイツ占領時代と社会主義の時代にはソコル大会は禁止され、1955年からは共産党管理のもとで「スパルタキアーダ」と呼ぶマスゲームを5年おきに開催していた。
 自由化後、1994年に「ソコル大会」は復活し、現在は6年ごとに開催している。

スラヴ叙事詩 入口

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第6回ソコル大会

1994年のソコル大会復活記念切手(左)
スパルタキアーダの記念切手(右1953年)

とげのある輪 と 見る人の目を導く髪 をデザインしたポスター
「サロン・デ・サンのミュシャ展」 1897年 (右)
「ブルックリン美術館のミュシャ展」 1920年 (左)

プラハの市章
スラヴ菩提樹を飾っています。

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「スラヴ叙事詩―スラヴ菩提樹の下で宣誓する若者たち(部分)」、「プラハ市民会館市長ホール天井画」、「新聞用切手」

プラハ市民会館市長ホール壁画のソコル

第6回ソコル地方大会 1912年 リトグラフ

スラヴ叙事詩

プラハ聖ヴィタ大聖堂のステンドグラス